Sustainable Fashion2 | ファッション産業の構造
世界各地で叫ばれる環境問題。2021年1月、アメリカの学術雑誌「Bulletin of the Atomic Scientists」が毎年発表する、人類滅亡を午前0時に見立てた“世界終末時計”は、残り時間を「100秒」と示しました。もともと、終末時計は核戦争の危険性を警告するために設けられたものですが、今では地球温暖化が核と並ぶ脅威になり、その針は少しずつ午前0時に近づいています。地球は今、未曾有の危機を迎えているのです。
ファッション産業は、石油産業に次ぐ世界第二の環境汚染産業といわれています。衣服の生産にかかるエネルギー消費量やライフサイクルの短さ、大量生産&廃棄などから、環境負荷が非常に大きいのがその要因。ところが、食品ロスは社会問題としてたびたび騒がれるのに、衣服についてはあまり取り沙汰されることがありません。どうして?――その理由は大きく2つあります。ひとつは、現代の衣服はいろいろな素材が混合された複雑なプロダクトであること、もうひとつは、ファッション産業が複雑な業界構造をしていて、グローバルな分業体制で成り立っていること。こうした理由から、業界の全容や環境負荷の実態を把握しづらい状態になっているのです。
ここでは、ファッション産業が与える環境ダメージについて、衣服が作られる過程ごとに詳しく紹介していきます。
原材料調達
衣服の原材料として、まず思い浮かぶのは生地。生地をつくる原系は、天然繊維と化学繊維に大別されます。“天然”と聞くと、なんとなく地球にも人にも優しそうな印象を持ちますが、天然繊維を作るのにも大量の水や化学肥料を使用しています。
たとえば、コットン(木綿)。Tシャツや肌着などに使われるポピュラーな素材ですが、原料となる綿花は、防虫剤や化学肥料、除草剤など、たくさんの農薬を使って栽培されています。その量は、収穫重量のおよそ5倍。Tシャツ1枚(150g)に換算すると、なんと750gもの農薬が使われているのです。こうした農薬は、土壌汚染につながるだけでなく、人体にも影響を及ぼしています。
世界有数の綿の産地インドでは、農薬が原因で毎年2万人もの綿農家の人が亡くなっているとか……。では、農薬を使わなければ解決するかといえば、それは難しいのが現実です。オーガニックコットンのような、農薬を使用しない原料生産には、多額の設備投資や人件費が必要になります。安価な人工繊維が登場して価格競争が激しくなる中、ただでさえ薄利な天然繊維を無農薬で生産することは、極めて難しいといえます。
そんな価格競争を招くことになった化学繊維は、20世紀に誕生して以来、ファッションの幅を広げている人工繊維。レーヨンやリヨセルなどの一部素材を除き、ほとんどがプラスチック由来です。石油資源に熱を加えて作られるもので、最近ではさまざまな物質を混ぜて消臭・保温などの効果をプラスした機能性素材も開発され、じつに多種多様に。
こうした化学繊維工場は莫大なエネルギーを消費し、CO2がたくさん排出されています。また、一部の化学繊維は洗うたびに微細なプラスチック(マイクロプラスチック)が水中に溶け出し、海洋汚染や生態系異常につながる深刻なダメージを与えています。
製造
衣服の製造には、「紡績」「染色」「裁断」「縫製」があります。特に注目しなければいけないのは染色。生地を“染める”ことは紀元前3500年から行われてきたといわれ、ファッションの歩みを語る上で欠かせないものですが、じつは莫大な量の水を消費する作業でもあります。
2012年にインドのファッション工科大学のRita Kant氏が発表した調査結果では、生地製造で消費する水の15〜20%が染色工程で使われており、この染色と仕上げの際に生じる廃水は、工業由来で起こる世界の水質汚染のうち、およそ20%を占めると報告しています。
日本国内に目を向けると、綿花栽培や染色などに使う水は83.8億㎥と、世界のファッション産業が消費する水の約9%を占めるそう。話の規模が大きすぎてピンときませんが、これをデニムに換算すると1本あたり最大10,850リットル、Tシャツだと1枚あたり2,720リットル。家庭で使う水の量は一人あたり1日200〜300リットルですから、いかにたくさんの水を必要とするのかがわかります。
このように大量の水だけでなく、衣服の製造にはさまざまな資源を必要とし、すべてのプロセスでCO2が排出されます。原材料調達から製造段階までに排出されるCO2は、年間およそ9,000万トン。森林の木1本が1年間に吸収できるCO2は平均14kgと試算されるので、すべてを吸収するには、とんでもない面積の森林が必要になります。気軽に買ったそのシャツ1枚に、自然の循環の力では到底追いつかないほど大きな環境負荷がかかっていることを、忘れてはいけないのです。
衣服のサプライチェーン
アパレル製品は、消費者の手元に届くまでの間、数えきれないほど多くの人や業者が介在しています。生産者から加工業者、原材料工場、繊維商社、完成品工場、流通業者、倉庫業者、小売店……このサプライチェーンの複雑さこそが、ファッション産業の実態を“見えなく”している要因です。
店頭で手に取るシャツのタグを見れば、「Made in Bangladesh」「ベトナム製」……とあるように、日本国内で供給される衣服のほとんどは海外から輸入されています。原材料までたどっていけば、訪れたこともないような遠い国々が関わっているのです。原材料生産、繊維生産、縫製、販売がすべて違う国で行われることも珍しくなく、工程によって工場も変わります。
なぜ、バケツリレーのように細かく分業するのか?それはひとえに人件費などのコストを抑えるため。工程によって国や企業をまたぐことで、ローコストを実現できる反面、在庫を余分に保有しなければならないデメリットもあります。
ファストファッションが台頭したことで、現在のファッション産業は安価な服を大量生産するのが主流になりました。大量生産すれば製造原価は下がり、原価率を15%程度まで抑えられます。必要以上の服を作るほうが、廃棄コストを含めても利益が高くなる――この「作った方が安い」という構造が、大量生産に拍車をかけているのです。世界規模でそんなことが行われていたら、環境負荷の大きさは相当なもの。
それでいて、ファッションの流行は目まぐるしく変わるため、新しい服が出ればすぐに在庫処分されてしまう……。店頭に並ぶこともなく廃棄される新品の衣服は、年10億点以上ともいわれています。余ることを前提に作ってコストを抑え、全体で利益を生む方を選ぶ。資本主義社会では当然の手段かもしれません。しかしそれは、問題の解決にはつながっていないのです。
衣服のマテリアルフロー
より早く、より安く、より多く。世界を席巻するファストファッションは、生産→消費→廃棄という衣服のライフサイクル(寿命)をどんどん短いものにしています。流行りのデザインの服がいつでも安く手に入るようになったことで、私たちのファッションは豊かになり、自己表現としての楽しみも広がりました。しかし、その安さゆえに、少しでも汚れたりヨレたりしたら捨てて新しいものに買い換える、そんな服が増えていませんか?
環境省の調査によると、国民一人が購入する服は年間平均で約18着で、手放すのは約12着。手放すよりも買う枚数が多く、クローゼットの中の服は必然的に増えます。その結果、一年間一度も着られずに眠ったままの服はなんと25着もあると推計されています。1枚あたりの価格が下がっているぶん、買うことも捨てることも容易になってしまったのです。
2020年に日本国内に供給された衣類はおよそ82万トン。一方、手放された衣服は78.7万トンに上ります。このうち51.2万トンはごみとして廃棄され、その3分の2が焼却処分されました。再使用(リユース)されたのは15.4万トン(20%)、リサイクルされたのは12.3万トン(14%)にとどまっています。
日本の衣類リサイクルの現実
それでも、古着回収やリサイクルができるのだから「服はムダになっていない」というイメージがありませんか?じつは、そうした衣服の“出口”にも問題は山積み。ひと昔前までは、古着は主にアジアやアフリカの途上国に流れていましたが、経済成長によってニーズそのものが減ったり、売れないと判断されたものは現地で捨てられたりしています。最近では輸入そのものを禁止する国も増えていて、古着が“余る”事態も懸念されています。
また、捨てられた服のリサイクルが進まない理由のひとつに、「化学繊維はリサイクルしにくい」ことがあります。先述したように、現代の衣服にはいろいろな化学繊維を組み合わせた複合繊維が増えました。軽くて暖かい、汗がすぐに乾くといった機能がプラスされた優れものですが、リサイクルの観点からはとても厄介な繊維。分別しきれないので“リサイクル不能品”となってしまい、処分するしかない服がどんどん増えているといわれています。
では、リサイクル不能品の行く先は?――日本では現在、こうした化学繊維をプラスチックなどと一緒に裁断して圧縮し、固形燃料にしています。これは、原料が石油だから燃えやすいということで、2000年頃から広まったプラスチックごみの処理方法のひとつ。「サーマルリサイクル」と呼ばれ、リサイクルの一種とされていますが、世界基準ではリサイクルの範疇に入っていません。
日本のプラスチックリサイクル率は2017年時点で86%と、数字上は進んでいるようですが、じつはその大半を占めるのがサーマルリサイクル。欧米基準では「熱回収」にあたり、リサイクルとみなされていないのです。熱エネルギーを活用してはいるものの、新たにCO2を排出するという意味では、有効性にも疑問符がつきます。このペースで化学繊維の服が増え続けたら……そう考えると、私たちは簡単に捨てすぎているといわざるを得ません。
この先のファッションに求められるのは?
健康に直結する「食」とは違い、個人の嗜好ととらえられがちな「衣」。しかし、原材料の生産から廃棄まで、あらゆるシーンで環境負荷を生んでいるのは、食べ物も衣服も同じこと。ここまでみてきたように、私たちの衣服は、大量の水を使い、汚染物質を自然の中に残し、CO2を排出して、過剰なまでに大量生産されるにもかかわらず、いくらも着られることなく捨てられ、焼却処分されています。
そして、リサイクルや再利用のために廃棄したものも、私たちの認識とは違う形で処理されているのです。
おしゃれな衣服が安く手に入るのが当たり前になってしまった昨今、私たちはあふれる便利さや幸せを享受するばかりで、1枚の服の背景にある事情にはなかなか目が向きません。環境問題は大事だけれど、どこか遠くの出来事のように感じている人も少なくないでしょう。手軽さの裏にあるムダやムリ――それは、知りたくない現実かもしれません。
しかし、目を逸らしても、決してなくなるものではないのです。ファッション産業が地球を蝕む問題は、クローゼットに眠ったままのTシャツのように“埋もれ”続け、地球の資源は持続可能なものからほど遠い状態になっています。
ファッションと環境の未来のために、現状を変えていくには?――これからのファッションをより良いものにするために、近年急速に拡がっているのが「サステナブルファッション」への取り組みです。次の記事では、サステナブルファッションの考え方や具体的なアクションについて詳しく紹介します。
▼参考情報
本記事は有限会社ケイエイティが展開するサスティナブル岡山デニムブランドkentinaのコンセプトをお伝えするために執筆した記事となります。
▼参考文献
『大量廃棄社会 アパレルとコンビニの不都合な真実』仲村和代、藤田さつき著(光文社新書)
『アパレル業界のしくみとビジネスがこれ1冊でしっかりわかる教科書』たかぎこういち著(技術評論社)
環境省 令和2年度「ファッションと環境」調査結果(2020/3)
環境省 SUSTAINABLE FASHION これからのファッションを持続可能に(https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/)
Maharanee Organic(https://maharaneeorganic.com/archives/133)
Textile dyeing industry an environmental hazard(https://file.scirp.org/pdf/NS20120100003_72866800.pdf)
時事通信「ファッションの環境負荷減らせ 廃棄、CO2ゼロに―官民の取り組み―」(2021/5/3)(https://www.jiji.com/jc/article?k=2021050200207&g=eco)
データのじかん「日本とEUのプラスチックリサイクルは定義が異なる!日本の高いリサイクル率86%のカラクリと直面中の課題とは?」(https://data.wingarc.com/plastic_recycle-20920)
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